中医皮膚科



中医皮膚科の歴史と発展

専門分野としての分科

張機
写真出典元: 「張機」(2022年5月29日 (日) 08:00 UTCの版)『ウィキペディア日本語版』

もっとも早い中国医学文献である戦国時代後期に書かれたとされる「五十二病方ごじゅうにびょうほう」には、すでに多種の皮膚病と薬剤や外用による治療方法が記載されています。さらに前漢時代、中医学の医療体系を作り上げた三大医学書の一つである黄帝内経の中には、さらに多くの皮膚疾患および病因・病機・治療方法・予後の判断などの記述があります。


後漢時代に、張仲景ちょうちゅうけいは「金匱要略きんきようりゃく」を著し、急性湿疹や皮膚感染症に対しての著効例を掲載するなど、現代に大きな影響を与えました。


隋時代には皮膚科学がとても発展し、「諸病源候論しょびょうげんこうろん」のなかで慢性難治性皮膚病の記載があります。また、漆アレルギーによる皮膚炎の発現についても詳しい記載があり、すでにアレルギー体質に対する理解が示されています。


その後、唐時代には孫思邈そんしばくが「備急千金要方びきゅうせんきんようほう」を、明・清時代には陳実功ちんじつこうの「外科正宗げかせいこう」をはじめ多くの専門書が著されました。黄連解毒湯おうれんげどくとう防風通聖散ぼうふうつうしょうさん消風散しょうふうさん当帰飲子とうきいんし竜胆瀉肝湯りゅうたんしゃかんとう五味消毒飲ごみしょうどくいんなどの、現在でも常用されている処方が作り出された時代でもあります。


現代においても、中医学の整体観せいたいかん弁証論治べんしょうろんちに基づき、住環境の変化、食習慣の変化、気候の変化など、人体を取り巻くあらゆる方面からの影響を視野に入れて中医皮膚科は発展し続けています。中医皮膚科は中医学の他の分野と同様に、基礎をもとにさらに高度な領域へと高めていくことが必要とされています。特に西洋医学でも治療方法が確立されていない皮膚疾患の予防や治療に期待されています。




中医皮膚科とは

中医学では、中医皮膚科は中医外科に含まれていました。それは、外科が体外に現れるものすべてを扱うという意味からです。中医皮膚科では、皮膚や粘膜に現れるあらゆる有形で目に見える症状はすべて皮膚科の範囲であり、瘡・瘍・丹・毒・疳・痘・疹・癬・疥・疣・痣・疱・痺・毛髪・爪などがあります。



具体的には、アトピー性皮膚炎・湿疹・接触性皮膚炎・脂漏性皮膚炎・貨幣状湿疹・汗疱・蕁麻疹・痒疹・皮膚瘙痒症・紫班・掌蹠膿疱症・日光性皮膚炎・乾癬・肝斑・尋常性白斑・ニキビ・酒さ・円形脱毛症・多汗症・口角炎・帯状疱疹・尋常性疣贅・マラセチア毛包炎・カンジダ・水虫・毛嚢炎・シェーグレン症候群など300種以上にも及びます。基本的には現代皮膚病学の主要な内容を網羅しており、中医皮膚科では多くの皮膚疾患の治療にあたっています。



中医皮膚科の治療の特徴

1.皮膚症状と全身の体質を合わせて方針を決定する

1.皮膚症状と全身の体質を合わせて方針を決定する

「皮膚は内臓の鏡」と言われるように、皮膚の限局的な症状の変化は、人の体全体や内臓の働きと密接なつながりがあります。つまり皮膚病が生じたということは体全体の不調があると考え、患部の状態と合わせて体質を重視する必要があり、それによって正確な治療方針を立てることができます。


2.皮膚症状の観察と一般内科の四診を同時に行う

2.皮膚症状の観察と一般内科の四診を同時に行う

まずは皮膚症状について、いつから症状がでたか、皮膚症状の状態の変化などを観察・確認します。次に皮膚症状が起こった原因、でている部位、五臓六腑のどこに関係しているか、陰陽の状態、年齢、気血津液の状態、脈などの情報を得て、総合的に検討することが大切です。


3.弁病と弁証を融合する

3.弁病と弁証を融合する

漢方は一般疾患のように体質だけをみるのではなく、皮膚の病状を分析する弁病も必要とされています。皮疹の状態を見極めて、皮疹に合わせた治療方法を選択していきます。弁病では、皮膚症状の経過、治療状況、四診による皮疹の見立て、その他検査などを総合して判断します。


4.内服と外用を活用する

4.内服と外用を活用する

皮膚は外からもケアすることができるため、早い回復のためにも、中と外からアプローチします。外からのアプローチを漢方では外治法がいちほうといい、外用薬やスキンケアなどのことを指します。消炎・殺菌・収斂・止痒・保湿作用のある薬草が用いられます。代表的なものには、苦参くじん白癬皮はくせんぴ金銀花きんぎんか黄連おうれん・スベリヒユ・薏苡仁よくいにん当帰とうき桃仁とうにん甘草かんぞうなどがあります。皮膚の状態に合わせて使用していきます。


5.養生を重視する

5.養生を重視する

皮膚疾患では、食事、服装、住環境、生活習慣、スキンケア方法といったライフスタイルからの影響を重視します。皮膚の状態に合わせた養生を大事にして改善していきます。特に食事では、食材の性質を知り、体質に合わせて食材を摂っていくようにアドバイスします。




中医皮膚科の原因と治療

皮膚疾患の体質の見極めには「弁証論治べんしょうろんち」を用います。

「弁証論治」とは、中医学における診断・治療方法を示す方法論のことです。診察方法には望診ぼうしん聞診ぶんしん問診もんしん切診せっしんの四診があります。そこから病状についての様々な情報を収集し分析することで、論理的に体質を明らかにし、その体質に合わせた治療方法を決定していきます。


望診では、発疹の種類・色・形・部位・分布などを把握するために十分に皮膚を観察し、切診では、皮膚の温度や皮膚の質感の確認を行います。問診では、初発症状と経過・既往歴や家族歴・生活習慣・全身症状などを確認し、聞診では、声の大きさや質・呼吸の状態・匂いの確認などを行っていきます。



皮膚病の原因

皮膚病の原因

四診により、「外因がいいん」と「内因ないいん」を分析し、治療方法を決定していきます。



外因とは

外因とは

外的環境からの要因で、身体にとって悪影響となる四季や気候といった外からの刺激のことです。皮膚は身体の表面にあるため、特に気候や環境など外からの影響を受けやすい部位です。自然界の変化で起こる六気「ふうかん湿しつねつしょそう」が、身体に対して過剰な刺激となると、六淫りくいんまたは外邪がいじゃといい、病を引き起こす原因となります。六淫には風邪、寒邪、湿邪、熱邪、火邪、暑邪、燥邪があり、以下のような特徴があります。




◆ 風邪

症状が急に出たり消えたりして移り変わりが早い、場所が不定、乾燥させる、上昇しやすく上部に症状を引き起こしやすい

皮膚症状

乾燥・痒み・落屑(角質が剥がれ落ちたもの)・膨疹(皮膚が浮腫によって盛り上がる、蕁麻疹など)

皮膚疾患

蕁麻疹・急性湿疹・にきび

漢方薬

消風散・銀翹散など

ツボ

風池・風門・曲池・風市・血海


◆ 寒邪

身体を冷やす、血の流れを停滞させる

皮膚症状

しびれ・痛み・紫斑

皮膚疾患

寒冷蕁麻疹・しもやけ・レイノー病

漢方薬

桂枝湯・麻黄湯など

ツボ

脾兪・胃兪・大椎・命門・関元


◆ 湿邪

粘着質で重く下降する、下半身に症状を引き起こしやすい、症状が治りにくい

皮膚症状

分泌液・水疱・糜爛びらん

皮膚疾患

アトピー性皮膚炎・脂漏性湿疹・帯状疱疹・水虫

漢方薬

五苓散・茵蔯五苓散・竜胆瀉肝湯など

ツボ

陰陵泉・三陰交・血海


◆ 暑邪

夏の強烈な日差しによって起こる炎症で、湿邪と結びつきやすい

皮膚症状

赤く腫れる・赤い発疹・あせも・ただれ

皮膚疾患

急性湿疹・汗疱

漢方薬

藿香正気散など

ツボ

曲池・大椎・血海・三陰交


◆ 熱邪・火邪

身体に熱をこもらせる、熱により身体を乾燥させる、炎症や化膿、出血を引き起こす

皮膚症状

紅斑・熱感・腫れ・化膿・出血

皮膚疾患

アトピー性皮膚炎・日光性皮膚炎・接触性皮膚炎・にきび・紫斑

漢方薬

黄連解毒湯・五味消毒飲・荊芥連翹湯など

ツボ

曲池・合谷・血海・三陰交


◆ 燥邪

身体を乾燥させる、風邪や熱邪と結びつきやすい

皮膚症状

乾燥・亀裂・落屑(角質が剥がれ落ちたもの)・苔癬化たいせんか(皮膚が硬くなりごわついている状態)

皮膚疾患

皮膚瘙痒症・アトピー性皮膚炎

漢方薬

消風散・当帰飲子など

ツボ

肝兪・脾兪・腎兪・風池・曲池・足三里




内因とは

内因とは

体の中からの要因で、内臓機能の失調・内傷七情・飲食不節(食事の偏りや不摂生)・睡眠失調・過労などがあります。




内臓機能の失調

内臓機能の失調

「皮膚は内臓の鏡」と言われ、内臓の機能が皮膚の状態に左右します。



五臓図
五臓図

内傷七情

内傷七情

ゆうきょうきょうを七情といい、これらは日常生活でおこる正常な精神意識活動です。ところが長期間の精神刺激や強い精神的ショックを受けると内臓機能に負担がかかり、皮膚疾患を誘発、再発、悪化させる原因となります。七情はそれぞれ五臓と深い関わりがあり、怒は肝、喜は心、思・憂は脾、悲は肺、恐・驚は腎に影響を与えます。とくに、怒(イライラ、我慢など)と思(考え込む、思い悩むなど)によるものが多くみられます。関係の深い皮膚疾患に、円形脱毛症、神経性皮膚炎、乾癬など。




飲食不節

飲食不節

冷たいもの、生もの、辛いもの、脂っこいもの、甘いものを好んで良く食べる場合、皮膚疾患を引き起こしたり、再発、悪化させたりし、皮膚病と深い関係があります。




睡眠失調・過労

睡眠失調・過労

内臓機能が失調しやすくなり、皮膚疾患を引き起こしたり、再発、悪化させたりします。また妊娠や出産の負担が影響することもあります。