中医養生



中医養生の歴史

専門分野としての分科

李時珍
写真出典元: 「李時珍」(2022年10月29日 (土) 11:29 UTCの版)『ウィキペディア日本語版』

中医学とは、数千年以上の歴史の中で積み重ねられてきた臨床経験と、陰陽五行論とよばれる哲学理論に基づき発展してきた中国伝統医学のことです。
中医養生は、健康の維持と増進・病気の予防と回復促進・老化予防のための学問で、中医学の理論に基づいて発展してきました。漢方薬・鍼灸・按摩・気功などと同様に中医学における重要な分野の一つです。 中医養生においては、「身体」「精神」「運動」「休養」を重要視しており、この中でも「身体」を作る「食」は生存の根本であり、中医薬膳学が紀元前から大変重要視されてきました。

周の時代には、王の食事を管理する「食医」がおかれ、王の健康を任されていました。「食医」は「疫医(内科医)」「瘍医(外科医)」「獣医」の上に位置づけられ、優れた医者は病気になる前に病気を予防する医者とされ、病気を予防するためにはまず食事が重要とされていました。

前漢時代には、春秋時代から戦国時代までの臨床経験と学術をまとめた、中国最古の医学書である「黄帝内経素問こうていだいけいそもん」が著され、食養生に関わる内容は46篇あり、食養生の理論・原則・方法・禁忌などの内容が記載されています。

後漢時代には張仲景ちょうちゅうけいが「傷寒論しょうかんろん」と「金匱要略きんきようりゃく」を著し、治療の中で食物を常用しています。例えば、感冒の治療薬である「桂枝湯けいしとう」は、桂枝・芍薬・大棗・生姜・甘草で構成されており、ほぼ食物が用いられています。

唐の時代には孫思邈そんしばくが「備急千金要方びきゅうせんきんようほう食治しょくち」を著し、これが現存する中国最古の薬膳学専門篇です。この書には、果実・野菜・穀類・鳥獣虫魚など、154種類の食物の疾病予防と治療効果が記載されています。

明の時代には李時珍りじりんが「本草網目ほんぞうこうもく」を著し、薬粥42種類、薬酒75種類を記載し、後世に受け継がれています。

現代において、生活習慣病の増加、高齢化社会などを背景に、健康の維持と増進・病気の予防と回復促進・老化予防は年々重要視されており、予防医学はかつてないほど注目を集めています。そんな中で、中医薬膳学はさらなる研究・開発が進められています。



中医薬膳学の分類

1
食用 年齢・性別・体質・季節・地域・生活環境・疾病などにより、適切な食材・食事回数を選択する
2
食養 病気をもっていない人が、食材を用いて身体を養い、病気を予防する
3
食療 病気をもっている人が、食材を用いて病気を治療したり、治療の補助とする
4
薬膳 食療で効果が出ない際に、食材と生薬を組み合わせて作った料理を用いて、病気を治療したり、治療の補助とする
5
食忌 年齢・性別・体質・季節・地域・生活環境・疾病・食材の組み合わせ・薬の組み合わせなどにより、食べてはいけない食材に注意する


「身体」を養う中医薬膳学の特徴

1.食材の性質(五性)を考える

1.食材の性質(五性)を考える

食材を「熱」「温」「平」「涼」「寒」の5つの性質に分類しています。
「熱・温」:体を温める性質。温は穏やかに体を温め、熱は温よりも強く温めます。
体が冷えやすい体質や寒い時季や地域に適しています。逆に体に熱がこもりやすい体質の場合は控えます。
「平」:中間の性質。体を温めも冷やしもしないので、長期に食べても偏りません。どのような体質にも適しています。
「寒・涼」:体の熱を冷ます性質。涼は穏やかに体の熱をさまし、寒は涼よりも強く体を冷やします。体に熱がこもりやすい体質や炎症がある場合、暑い時季や地域に適しています。 逆に体が冷えやすい体質の場合は控えます。


2.五臓と五味と五色を考える

2.五臓と五味と五色を考える

食材をその働きによって、「あまい」「からい」「すっぱい」「にがい」「塩からい」の五味に分類しています。また、食材の色を「青」「赤」「黄」「白」「黒」の五色に分類しています。五味・五色は、それぞれ関係の深い五臓にそれぞれ作用し五臓を養います。五味・五色は、過不足になると逆にその臓腑を悪くします。さらに、毎日食事で適切に摂取された場合は、身体の機能を高めるとされます。

六味 五臓 作用 五色
脱落症状を収める・固める・津液を生じる
熱を清める・便通をよくする・解毒・湿を散す
疲れを改善・虚弱を補う・脾胃を調和・痛みを和らげる
身体を温める・気血の流れを良くする・痛みを止める
堅いものを和らげる・塊を解消・通便
脾・五臓 湿を取り除く・脾の働きを促進・食欲を誘う  

3.扶生祛邪を考える

中医学では、「気・血・津液が身体を構成している」という考えがあります。そして気・血・津液は「正気せいき」とよばれ、健康を維持するために必要なものと考えています。気・血・津液が不足した状態を、それぞれ「気虚ききょ」「血虚けっきょ」「陰虚いんきょ」と言い、不足している場合は気・血・津液を補う必要があります。これを「扶正ふせい」と言います。
逆に、気・血・津液の流れが悪くなった状態、「気滞きたい」「血瘀けつお」「痰湿たんしつ」と言います。そしてこれらは「邪気じゃき」とよばれ、病気を引き起こす原因となります。また、暑さ、寒さ、風、湿気、乾燥などの外的刺激が、体に対して悪い影響となった場合も「邪気じゃき」とよばれています。邪気がある場合には邪気を取り除く必要があります。これを「祛邪きょじゃ」と言います。

◆ 虚証:気虚
気力を補う
おすすめ食材
牛肉・羊肉・鶏肉・うなぎ・えび・ふな・うずら卵・鶏卵
もち米・山いも(大和いも・長いも)・里いも・じゃがいも・かぼちゃ・玉ねぎ・にんにく・にんにくの芽・らっきょう・にら・ねぎ・しょうが・豆・豆腐・豆乳・納豆・きのこ・アスパラガス・キャベツ・ブロッコリー・栗・山椒・花椒・くるみ・朝鮮人参・りんご・シナモン・ヨーグルト
ほうじ茶・紅茶(朝鮮人参や生姜・シナモンを加えるとよい)・緑茶・杜仲茶・朝鮮人参茶
ひかえたい食材 生もの・脂っこいもの・チョコレート・甘い物・ピリ辛のもの
中薬 朝鮮人参・山薬・大棗
◆ 虚証:陽虚
体を温める力を補う
おすすめ食材
くるみ・羊肉・鹿肉・鶏肉・エビ・ナマコ・イワナ
ひかえたい食材 にがうり・とうがん・セロリ・梨・りんご・すいか・緑茶・豆腐・生もの
中薬 牡仲・続断・胡桃
◆ 虚証:血虚
血を補う
おすすめ食材
レバー・豚肉・鳥骨鶏(なければ地鶏)・かき・なまこ・太刀魚・うずら卵・鳥骨鶏の卵・鶏卵
黒米・ほうれん草・にんじん・トマト・小松菜・金針菜・ピーマン・黒ごま・白ごま・黒豆・小豆・黒きくらげ・プルーン・竜眼肉・なつめ・くこの実・レーズン・ざくろ・桃・ぶどう・ブルーベリー・キウイ・いちご・ライチー・桑の実・ヨーグルト
ほうじ茶・紅茶(プルーンや牛乳・シナモンを加えるとよい)・くこ茶
ひかえたい食材 冷たい物・生もの・脂っぽいもの・チョコレート・甘い物・ピリ辛のもの
中薬 竜眼肉・何首鳥・桑椹・大棗
◆ 虚証:陰虚
体を潤す
おすすめ食材
豚肉・鴨肉・鶏卵・うずら卵・すっぽん・なまこ・かに・かき・はまぐり・あわび・あさり・しじみ・太刀魚・ピータン
黒米・牛乳・豆乳・レンコン・きゅうり・トマト・ゆり根・黒くわい・松の実・くこの実・黒ごま・白ごま・ぎんなん・黒豆・白きくらげ・梨・すいか・メロン・レモン・ライチー・はちみつ・杏仁・緑豆・ヨーグルト
ミント茶・牛乳をたっぷり加えた飲み物・緑茶・菊花茶・ほうじ茶・ラフマ茶
ひかえたい食材 香辛料・ピリ辛味の強いもの・薬味野菜のような「辛み」「温・熱性」の強いもの
中薬 五味子・桑椹
◆ 実証:気滞
気の巡りを良くする
おすすめ食材
レバー・いか・うずら卵・あさり・しじみ・かき・たこ
芽玄米・香り野菜(セロリ・せり・三つ葉・ミント・しそ・香菜・春菊・パセリ)・ゆり根・苦うり・金針菜・陳皮・くこの実・菊花・黒ごま・くちなし・はすの実の芯・かんきつ類・パパイヤ・ぶどう・柿・梅干し・黒酢・くず粉
ミント茶・ジャスミン茶・バラ茶・ラベンダー茶・カモミール茶・緑茶・ラフマ茶・柿の葉茶・菊花茶
ひかえたい食材 生もの・脂っこいもの・チョコレート・甘い物・ピリ辛のもの
中薬 朝鮮人参・山薬・大棗
◆ 実証:血瘀
血の巡りを良くする
おすすめ食材
レバー・いか・うずら卵・あさり・しじみ・かき・たこ
玄米・玉ねぎ・にんにく・にんにくの芽・らっきょう・にら・ねぎ・しょうが・みょうが・なす・くわい・そば・黒豆・黒きくらげ・山椒・花椒・シナモン・紅花・サフラン・バラ・うこん・さんざし・桃・さくらんぼ・黒酢
ウコン茶・紅花茶・バラ茶・シナモン紅茶・ほうじ茶・ウーロン茶
ひかえたい食材 脂肪とくに肉の脂身・バター・生クリームなどの動物性脂肪・味(甘み・しょっぱさ)の濃いもの・甘いもの・冷たい飲みもの・アイス"
中薬 三七・紅花・桃仁・鬱金・山楂子
◆ 実証:痰湿
体の中の痰湿を除く
おすすめ食材
あさり・しじみ・青背の魚
玄米・はと麦・そば・麦・あわ・海藻・きのこ・たけのこ・根菜(ごぼう・大根・かぶ・にんじん)・アスパラガス・かぼちゃ・小松菜・青梗菜・ピーマン・キャベツ・ブロッコリー・冬瓜・ふき・こんにゃく・寒天・緑豆・緑豆春雨・バナナ・さんざし
ウーロン茶・プ―アール茶・はと麦茶・岩茶・はぶ茶・緑茶
ひかえたい食材 肉・卵黄・魚卵・脂っぽいもの・味(甘み・しょっぱさ)の濃いもの・炭酸飲料・冷たい飲み物
中薬 海藻・昆布
◆ 実証:陽盛
体の熱をさます
おすすめ食材
にがうり・トマト・れんこん・白菜・セロリ・きゅうり・水菜・バナナ・すいか・柿
ひかえたい食材 唐辛子・生姜・ねぎ・牛肉・鶏肉・羊肉・鹿肉・酒
中薬 菊花・金銀花・蒲公英・番瀉葉・アロエ

4.陰陽の調和を考える

中医学には、「自然界すべてのものは陰・陽に分類することができる」「陰・陽は常にバランスを保っている状態が健康」という考えがあります。そのため、自然界の陰陽の変化に従って、四季に合わせた食生活を送ることが大事だと考えています。

◇ 春
おすすめ食材
温性・辛味・甘味・適度な酸味
米・麦・ハト麦・落花生・ほうれん草・きゃべつ・長いも・じゃがいも・かぼちゃ・いんげん・しいたけ・牛肉・鶏肉・レバー・生姜・茗荷・紫蘇・三つ葉・葱・菊花・葛
ひかえたい食材 酸味・苦味の摂りすぎ・冷たいもの
中薬 -
◇ 夏
おすすめ食材 寒性・涼性・鹹味・苦味・適度な甘味
小麦・そば・あわ・にがうり・もやし・トマト・きゅうり・レタス・緑豆・豆腐・ゆば・牛乳・スイカ・バナナ・キウイ・緑茶
ひかえたい食材 冷たいもの・熱性のもの・脂っこもの
中薬 生地黄・石斛・沙参・薄荷
◇ 秋
おすすめ食材 涼性・温性・酸味・甘味・鹹味
もち米・うるち米・蜂蜜・鶏肉・しじみ・あさり・かき・白ごま・黒ゴマ・百合根・松の実・蓮根・柿・びわ・梨・りんご
ひかえたい食材 苦味・辛味・熱性のもの・刺激性のもの
中薬 貝母・枸杞子・麦門冬・五味子
◇ 冬
おすすめ食材 温性・熱性・辛味・酸味・適度な鹹味
もち米・うるち米・鹿肉・羊肉・牛肉・えび・かつお・山芋・じゃがいも・小松菜・ほうれん草・にんじん・アスパラ・にら・ピーマン・ぶどう・ライチ
ひかえたい食材 冷たいもの・鹹味・苦味の摂りすぎ
中薬 菟絲子・鹿茸・杜仲・肉桂


春夏秋冬の養生



- 春の養生 -

春

中国最古の医学書「黄帝内経こうていだいけい」では、
春は花や草木の芽が吹き、それまで静かにしていた動物や昆虫が外に飛び出し、川や海に住む生き物まで自然の全てが活き活きと栄えてくる季節なので、春の三か月を発陳はっちんと言って、春の養生を次のように述べています。

「春三月.此謂發陳.天地倶生.萬物以榮.夜臥早起.廣歩於庭.被髮緩形.以使志生.生而勿殺.予而勿奪.賞而勿罰.此春氣之應.養生之道也.逆之則傷肝.夏爲寒變.奉長者少」

訳:春の三か月は発陳はっちんという。天と地では万物が新しく生み出され栄える季節。日が沈んだら眠り、朝はまだ暗いうちに起き、庭に出て新鮮な空気を吸いながらゆったり歩き、結んでいた髪はときほぐし、からだもこころもゆったりのびやかでいるよう心掛けよう。春は芽吹きの時期だから、人もまた新しいことをしようという意欲をもち、その成長しようとする力が奪われるようなことがあってはならない。これが春における養生の道である。この法則に逆らうと、肝を傷つけることになり、夏になって寒性の病にかかりやすくなる。



- 夏の養生 -

夏

中国最古の医学書「黄帝内経こうていだいけい」では、
夏は花が咲き、草木が生い茂り、動物や昆虫なども活発に動き回る季節なので、夏の三か月を蕃秀ばんしゅうと言って、夏の養生を次のように述べています。

「夏三月.此謂蕃秀.天地氣交.萬物華實.夜臥早起.無厭於日.使志無怒.使華英成秀.使氣得泄.若所愛在外.此夏氣之應.養長之道也.逆之則傷心.秋爲瘧.奉收者少.冬至重病.」

訳:夏の三ヶ月を蕃秀ばんしゅうという。天地の気が盛んに交流するので、万物はどんどんと成長し咲き栄え、陽気が最高潮になる季節。日が沈んだら眠り、朝はまだ暗いうちに起き、日が長いことを厭わず、物事に怒らずに度量を大きくもとう。夏に咲きそろっている花のように、外で体を動かし、気持ちよく気(エネルギー)を発散させよう。この法則に逆らうと、心を傷けることになり、秋になって熱性の病にかかりやすくなる。



- 秋の養生 -

秋

中国最古の医学書「黄帝内経こうていだいけい」では、
秋になるとすべてのものの形(容)が定(平)まるという意味から、秋の三か月のことを容平ようへいと言って、秋の養生を次のように述べています。

「秋三月.此謂容平.天氣以急.地氣以明.早臥早起.與鶏倶興.使志安寧.以緩秋刑.收斂神氣.使秋氣平.無外其志.使肺氣清.此秋氣之應.養收之道也.逆之則傷肺.冬爲タ食泄.奉藏者少.」

訳:秋の三か月を容平ようへいという。天気は急に涼しくなり、風の音は強く、大地は静粛とし、万物はエネルギーを内にしまい実を結ぶ季節。鶏の寝起きのように、日が沈んだら眠り、朝はまだ暗いうちに起き、心を安らかにして、精神を落ち着け、秋の気で身体を損なうことのないようにしよう。物事を実らせる季節に、あれもこれもと新しいことを始め、活発に活動することは避け、肺を冷やさないようにしよう。この法則に逆らうと、肺を傷けることになり、冬になって食物を消化しきれずに下痢をするようになる。



- 冬の養生 -

冬

中国最古の医学書「黄帝内経こうていだいけい」では、
冬は草木が枯れ落ち、穀物は蔵の中にしまい込まれ、動物は冬籠りするように、すべが閉塞して陽気を外に出さない季節なので、冬の3か月のことを閉蔵へいぞうというと言って、冬の養生が次のように述べられています。

「冬三月.此謂閉藏.水冰地土斥.無擾乎陽.早臥晩起.必待日光.使志若伏若匿.若有私意.若已有得.去寒就温.無泄皮膚.使氣亟奪.此冬氣之應.養藏之道也. 逆之則傷腎.春爲痿厥.奉生者少.」

訳:冬の三か月を閉蔵へいぞうという。万物は静かに閉じこもり、至る所で水が凍り、地は裂け、太陽は万物から遠ざかる季節。日が沈んだら眠り、日の出に合わせてゆっくりと起き、強い志はいったん内に潜め、現状に感謝して心を静めよう。寒い刺激を避け、身体を温かく保ち、運動などで汗をかいてはいけない。この法則に逆らうと、腎を傷つけることになり、春になって手足が萎えて冷えるようになる。